お世話になっております。
「理系男子の流儀」管理人の「やな」です。
化学製品の研究開発に従事しております。
今回は本業の知識を活かして、スマートフォン用のバッテリー等に用いられているリチウムイオン二次電池の動作原理を簡単に解説してみたいと思います。前半は万人向けの優しい解説、後半は理系向けの少し詳しいステップアップ解説となっております。
◯背景

スマートフォンは2010年頃から次第に普及率が上昇していき、内閣府の消費動向調査によると2019年現在では普及率80~90%にまで達していることが分かっています。
また、iPhone (Apple)、Xperia (SONY)、Galaxy(SAMSUNG)、Optimus(LG)、のように多数のメーカーが競ってスマートフォンを販売しています。
このような普及状況ですが、スマホのバッテリーの動作原理を知った上で使用されている方は多くはないのではないでしょうか?例えば、「スマホのバッテリーを長持ちさせる方法」というワードで検索すると、メカニズムの説明なく解説された記事が大半を占めているという状況です。
そこで、スマホとともに化学の普及を促すため本記事を作成するに至りました。
なお、2019年10月9日に本技術の基礎を研究開発した成果に対して、旭化成・吉野彰氏(名誉フェロー)らにノーベル化学賞が送られました。
ノーベル化学賞の旭化成・吉野彰氏、満面の笑顔で受賞会見(2019年10月9日)
◯スマホ用バッテリーの外観
まずはスマホの代表iPhoneを解体してバッテリーの設計分析(ティアダウン)を行った動画をご覧ください。
Apple正規店でもバッテリー外観は見せてくれないので、貴重な動画です。
iPhone X Teardown and Analysis!
- 再生開始時、最初に引張っている白いものは、電池の中身ではなく接着剤です。
- 解説は英語ですが、もし理解できなくとも外観を把握するだけで十分です。
次にこのバッテリーの中身について見ていきます。
◯スマホ用バッテリーの中身
What's inside iPhone battery ???
- バッテリーの黒い外装フィルムを剥がすと、レトルト食品等にも使用される銀色の「アルミラミネートフィルム」が出てきます。
- さらにアルミラミネートフィルムを剥がすと、中から「黒いシート」と「半透明のフィルム」が出てきました。表面は濡れています。
- よく見ると、黒いシートは2種類あります。そして、「黒いシート」と「黒いシート」の間に「半透明のフィルム」が挟まっています。
- 爽やかで楽しげなBGMとともに電池を解体していますが、投稿者さんは皮膚の腐食、電解液による失明、電池の発煙・発火・爆発等により死に至るリスクを背負いながら解体しています。(知識がないためできる所業だと思いますが…)
■中身の材料の名称
- 2種類の黒いシート :「正極」と「負極」
- 半透明のフィルム :「セパレータ」
- 電池内の液体 :「電解液」
次にこれら中身の動作原理を見ていきましょう。
◯スマホ用バッテリーの中身の動作原理
現在のスマホ用のバッテリーには、「リチウムイオン二次電池」という種類の電池が用いられています。
■構成材料の役割
上記の動画に示されている材料の役割は以下です。
- 正極 :電気エネルギーの源 (動画左側のカラフルな方)
- 負極 :電気エネルギーの入れ物 (動画右側の六角形の方)
- セパレータ :正極と負極の間の壁 (動画中心の液体の内部)
- 電解液 :リチウムイオンの移動手段 (動画中心の液体)
- 電子 :電気エネルギーの正体 (動画の小さい水色球体)
- リチウムイオン :電気エネルギーの付き人 (動画の緑色のニコちゃん球体)
大体こんなイメージで良いと思います。
簡単にいうと、電池とは化学反応を用いて「電気エネルギー(電子)を負極に貯めるデバイス」ということができます。
■電気エネルギーとは
前述の通り電気エネルギーの正体は電子です。
充電によってこの電子を入れ物(負極)に貯めるためには、
動画のように必ずリチウムイオン(付き人)が電子とセットで動く必要があります。
理由としては、電子というのはマイナスの性質(-)、リチウムイオンというのはプラスの性質(+)を持っており、それぞれが磁石のように引き付け合うためです。
- 電子 / e- (動画の水色の小さい球体)
- リチウムイオン / Li+ (動画の緑色のニコちゃん球体)
また、プラスイオン(カチオン)の中でも、特にリチウムイオンがその役割に最も適しているため、現在はリチウムイオン二次電池が普及しているという状況です。

■充電
動画(4:44)では、スマホ-充電器をコンセントに挿した瞬間の充電反応から始まっています。
流れの概念は以下のようになります。
- 電源による電圧の力で、無理やりエネルギーの源(正極)から電気エネルギー(電子)を取り出す
- 取り出したエネルギー(電子)を外部回路を経由して入れ物(負極)に貯める
つまり、充電というのは、充電器の力により自然の摂理に逆らって、電気エネルギー(電子)を正極(エネルギーの源)から負極(エネルギーの入れ物)に貯める工程と言えます。

スマホ等の電子機器では、正極に電気エネルギーの源がある状態(充電前)では電池容量は0%と表示され、負極(入れ物)に電気エネルギーがある状態(充電後)では、電池容量は100%と表示されるように設定されています。
■放電
放電は前述の充電反応が逆方向に進行するだけです。
放電というのは、バッテリーの負極から電気エネルギー(電子)を取り出してスマホを動作させることであり、このときは、ご存知の通りコンセント・充電器からの電源は必要ありません。
これは、「鉄を放っておくと自然に錆びるように」、「高い所から低い所へ物体が落ちるように」、自然の摂理に従った方向の化学反応であるためです。

■セパレータの役割と安全性
セパレータ(正極と負極の間の壁)の役割は、電子を外部回路を経由させるようにすることです。
放電時は、外部回路を経由させることで、スマホの動作に必要な分だけ電子を制御して取り出すことができます。
もし、セパレータが破れたり、穴が空いたりした状態だと、せっかく時間を掛けて充電して負極(入れ物)に貯めた電気エネルギー(電子)が一瞬で正極(エネルギー源)に戻ってしまいます。これを短絡(ショート)と呼びます。
また、一瞬で多くのエネルギーが移動する時には、激しい発熱を伴うため、場合によっては発煙・発火・爆発に至ります。電池発火事故はこの短絡がきっかけであることが多いと推定されます。
ご参考までに、100%充電(満充電)状態のiPhoneの電池をカッターで傷付けて、セパレータをわざと破った場合は以下の動画のような規模の発煙・発火が生じます。数時間掛けて負極(入れ物)に貯めたエネルギーが一瞬で外に放出されたため、このようになります。
iPhone battery catch fire
◯まとめ
- 電池とは化学反応を用いて「電気エネルギーを負極に貯めるデバイス」と言えます。
- 充電時はコンセントからの電源の力により、自然の摂理に逆らって、電子(電気エネルギーの正体)はリチウムイオン(付き人)とセットで負極(入れ物)に貯められます。
- 貯めた電気エネルギーは、自然の摂理に従った化学反応で必要な分だけ放電されてスマホを動作させます。
簡単な理解としては、上記で十分だと考えられます。
これを知っておくと、電池の劣化メカニズムや危険性などを理由が分かった上で理解することができます。
それにより、電池を長持ちさせることができたり、安全に使用することができたり、といったメリットがあります。
次回の解説記事では、このメカニズムを前提として、電池の寿命向上方法や、危険性について取り上げていきたいと思います。
◯理系向けステップアップ解説
以降は理系向けのステップアップ解説をしていきます。
先ほど掲載した動画ですが、上記のレベルくらいで解説を進めていきます。
■構成材料について
リチウムイオン二次電池の主な構成材料として以下の4つが挙げられます。
- 正極 :リチウム含有金属酸化物 (LiNi(1-X-y)MnXCoyO2)
- 負極 :層状グラファイト (C)
- セパレータ :ポリオレフィン系樹脂 (ポリエチレン、ポリプロピレン)
- 電解液 :リチウム塩 + 有機溶媒 (塩:LiPF6 , 溶媒:EC + DEC 等)
正極にコバルト酸リチウム等のリチウム含有金属酸化物を用いている主な理由は、「多くのリチウムイオンを含有する結晶構造を持つ」ことと、「遷移金属(Ni, Mn, Co)が充電時に酸化反応、放電時に還元反応をすることで、リチウムイオンを挿入脱離できる」こと、「高い電位で充電反応(酸化)する」こと等が挙げられます。
負極にグラファイトを用いている主な理由は、「リチウムイオンを層間に挿入脱離できる」ことと、「グラファイト自体は充放電反応に寄与せず安定である」こと、「リチウムイオンがぎりぎりリチウム金属にならない低い電位で充電反応(還元)する」こと等が挙げられます。
セパレータにポリオレフィンを用いている主な理由は、「リチウムイオンは通し、電子は通さない」こと、「電気化学的・熱的に安定である」こと等が挙げられます。
電解液にリチウム塩を有機溶媒に溶解させたものを用いている主な理由は、「正極・負極間でリチウムイオンを運び受渡しができる」こと「正極・負極の酸化還元電位で分解反応を起こしにくい」こと等が挙げられます。
■充電反応の化学反応式
全てのリチウムイオンが反応した場合、化学反応式で書くと以下の通りです。
厳密には、実使用ではLi+の全量は挿入脱離せず、0.4~0.8の量が反応に寄与します。
その場合反応式が複雑になってしまうので、簡略化して記載してあります。
正極側
① LiMO2 → MO2 + Li+ + e-
① LiMO2 → MO2 + Li+ + e-
負極側
② C6 + Li+ + e- → LiC6
M :金属元素(例:Ni、Mn、Co)
Li+ :リチウムイオン
e- :電子
上記について、
①は正極からLi+とe- が脱離する反応 (酸化反応)
②は負極にLi+とe- が挿入する反応 (還元反応)
を示しており、①と②の反応が同時に進行していきます。
■そもそもなぜリチウムイオンを用いるのか
リチウムイオン二次電池において、正極・負極間の電子授受(外部回路経由)にリチウムイオンが選択されている理由は以下です。
- イオン化傾向が全元素中トップクラスで大きい
- 原子番号3であり、全ての金属元素の中で最も小さくて軽い
前述の反応機構でご説明した通り、リチウムは常にイオンの状態で存在してる必要があるため、この「イオンの状態が安定である」という性質は重要なメリットです。
もしリチウムが金属析出してしまうと、「反応に寄与できないデッドリチウムが発生する」ことや、「針状に析出するリチウムデンドライトがセパレータを突き破って、正極・負極が短絡する」ことが起こり得ます。
次に「原子が小さく、重量が軽い」メリットについてです。
原子半径が小さいと、「電解液・電極内でイオンの移動が容易」、「電極への挿入・脱離が容易」、「電極の膨張が小さくて済む」ということが挙げられます。
原子ひとつあたりの重量が軽いと、「電池の重量を小さくすることができる」ということが挙げられます。これは、より軽い重量でたくさんのイオンと電子を電池内に蓄えることが可能になるためです。
スマホはより軽くて、一回の充電で電池が長持ちした方が良いですよね。
それを実現するのが、リチウムイオン二次電池なのです。 (2019年現在の技術では)

ごく簡単ですが概念的な説明を行いました。
次回の解説記事では、このメカニズムを前提として、「電池寿命向上方法」や、「電池の安全な取扱い方」について取り上げていきたいと思います。
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日本最大級の化学ポータルサイト「Chem-Station」さんにご紹介いただいたこともあり、バズることができました。上記は本記事と同じく「日常生活 + 化学」というテーマで、理系向けに掘り下げて解説していますので、ご興味があればぜひご覧いただけますと幸いです。