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「理系男子の流儀」管理人の「やな」です。化学製品の研究開発に従事しております。
最近Twitter上で「炭酸飲料を冷凍庫で凍らせたら爆発した!」というような報告が見受けられました。連日猛暑が続いており、冷えた炭酸飲料が飲みたくなりこのような行動に至ったのだと推察されますが、冷凍庫で炭酸飲料を冷凍するのは破裂するためNGです。今回は、この理由について、科学的(化学的)観点からご説明いたします。前半は万人向けのやさしい解説、後半は理系向けの少し詳しい解説です。
炭酸飲料を冷凍庫で凍らせると発生する事象
※Twitter社より引用
■ コーラ(容器:缶)を冷凍庫で凍らせた場合
起きてきて
— 「So」。 (@so_xxxx_55) 2014年6月2日
冷凍庫みたらコーラ爆発してんねんけどww
なにコーラ冷凍庫にいれとんねんw pic.twitter.com/6r3A1xYt55
■ スパークリングワイン(容器:ビン)を冷凍庫で凍らせた場合
冷凍庫に炭酸を入れたまま取り出すのを忘れてはいけません。爆発します。 https://t.co/7L8iSXevAn pic.twitter.com/5bzobrxBeW
— zcqpo (@zcqpo) 2016年6月18日
上記の通り、容器が破裂し内容物が散乱しています。
破裂する炭酸飲料は以下のようなものが例として挙げられます。
- コーラ、サイダー等
- スパークリングワイン
- ビール
- ペットボトル
- 缶
- ビン
なぜ炭酸飲料を冷凍すると破裂するか
理由を端的に述べると、
「炭酸飲料が冷凍されると容器の内圧が上がるため破裂する。」となります。

さらに詳細な解説をします。
破裂する程まで容器の内圧が上がる推定要因は次の通りです。
■要因① 「水の凝固による体積膨張」
炭酸飲料の主成分のひとつに水があります。
水 H2Oは、液体状態から固体状態になる(=凍る)と体積が増加する(※1)ことが一般的に知られています。水(液体)の比重が1のとき、氷(固体)の比重は約0.9168とされているので、水が氷になると体積は約1.09倍(= 1 / 0.9168) 増加します。
例えば、500mlの飲料を凍らせた場合は545ml (500ml×1.09)まで体積容量が増えます。容器の余裕体積が小さく満杯まで飲料が入ってる場合は、この要因①だけで破裂する可能性があります。よって、条件によっては炭酸飲料に限らず、破裂する場合があると考えられます。
■要因② 「二酸化炭素の脱気による体積膨張」
炭酸飲料はその名の通り、水 H2Oに「炭酸ガス (=二酸化炭素) CO2」が溶け込んでいます(※3)。液体状態の水には二酸化炭素が溶存することができるのですが、固体状態の氷には二酸化炭素は溶存することはできません(※4)。
よって、炭酸飲料を凍らせると、水に溶けていた二酸化炭素がガス化して追い出されます(=脱気)。溶存していた二酸化炭素が脱気して気体状態になると、体積が増加するため、容器内の圧力が増加します。そして、容器が耐えられる圧力を、内圧が上回ったときに破裂します。
以上のように、炭酸飲料が冷凍されると、要因①と要因②により、
「容器の内圧が上がることが原因で破裂する。」と考えられます。
炭酸飲料を破裂させず冷凍する方法
研究開発に言えることですが、原因がわかれば対策を考えることができます。今回は、容器内の内圧の上昇が原因だと推定したので、以下のような対策が挙げられます。
- 容器を開封した状態で炭酸飲料を冷凍する
→ ペットボトルのキャップ、ビンの栓、缶の飲み口を開けることで、容器の内圧上昇を抑制 - 内容量を減らした状態で炭酸飲料を冷凍する
→ 飲料の体積膨張分(全容量の約10%)を予め飲むことで、要因①と要因②の両方の対策が可能

例えば、500mlペットボトルの場合は、予め50ml (= 500ml×10%)を飲んでから、フタを開けた状態で冷凍庫に入れれば破裂する可能性は低いと考えられます。ただし、炭酸ガスは抜けるため、美味しくないかもしれません。
理系向けステップアップ解説
※1:水が凍ると体積増加する理由
H2O分子は折れ線構造(※2)をしていますが、液体の状態だと固体状態よりも自由に分子運動をしているため、水素結合しても規則正しい配列にならず、かさ高くなりません。一方、固体状態だと分子運動が停止し、水素結合により折れ線構造のH2O分子が規則正しく配列するため分子間の隙間が大きくかさ高くなります。よって、水は固体になると体積が増加します。
水素結合とは、分極により正電荷を帯びた水素原子と、電気陰性度の高い原子の孤立電子対の間に生じる分子間力のことです。今回の場合は、「水素原子」と「酸素原子の孤立電子対」との間の分子間力になります。

引用元 https://www.sidaiigakubu.com/examination-measure/chemistry/08/
詳しくは以下のサントリーさんの解説をご覧ください。
ちなみに、水を除く大多数の物質は液体状態よりも固体状態の方が体積が小さくなります。
水のように結晶構造の隙間が大きくなることにより、液体状態よりも固体状態の方が体積が大きくなる物質のことを異常液体と言います。水の他には、ケイ素、ゲルマニウム、ガリウム、ビスマス等の元素が挙げられます。
※2:H2O分子が折れ線構造である理由
H2O分子は、化学式の通り、H原子×2個と、O原子×1個から構成されています。
H原子は原子番号1であるため、電子数は1つ、
O原子は原子番号8であるため、電子数は8つです。(定義)
この電子が各原子の原子軌道に入ります。
電子はフェルミ粒子なので、パウリの排他原理に従い、1つの軌道にはお互いに逆向きのスピンである2つの電子が入ることになります。
原子軌道への電子の入り方はこちらを参照。
http://natsci.kyokyo-u.ac.jp/~mukai/classes/chemii/cii11/cii11slide/cii110418.pdf
http://www.waseda.jp/sem-hosokawalab/contents/konsei1.pdf
結果として、
H原子 1s1
O原子 1s2 2s2 2p4 (正確には、1s2 2s2 2px2 2py1 2pz1)
という原子軌道になります。
ここで、混成軌道理論を適用すると、O原子はsp3混成軌道になります。

引用元 https://kusuri-jouhou.com/chemistry/orbit.html
2つのH原子の電子が、O原子の空いている2つのsp3混成軌道に入ることで、オクテット則に従いエネルギーが安定化します。その結果、H2O分子は以下のような構造になります。

引用元 https://www1.doshisha.ac.jp/~bukka/lecture/general/resume_g/GC-13-05.pdf
ここで、電子対反発則により、孤立電子対(ローンペア)とO-H間の共有結合電子がそれぞれ反発し、お互いが最も離れる構造で安定化し、四面体構造になります。ただ、孤立電子対は目に見えないので、結果としてH2O分子は折れ線構造となります。
※3:炭酸水の化学式・化学的状態
簡単に言えば、「水に炭酸ガス (=二酸化炭素) が溶け込んでいる溶液」となりますが、もう少し詳しく考えてみましょう。
水 H2Oに二酸化炭素をCO2を圧力をかけて溶解させ、炭酸 H2CO3が生成した場合の化学反応式は以下です。両矢印「⇆ 」は双方向の反応が起こる平衡反応であることを示しています。
H2O + CO2 ⇆ H2CO3
Kh = 1.7 × 10-3
ただし、H2CO3は不安定な物質であるため、この反応の平衡状態は著しく左に偏っていることが知られています。平衡定数(Kh)は25 ℃で 1.7 × 10-3であることから99%以上が「H2CO3」ではなく「H2O分子とCO2分子」として存在していると考えられます。
ちなみに炭酸 H2CO3は以下のように水溶液中で電離します。
H2CO3 ⇆ H+ + HCO3-
Kh = 2.5 × 10-4
また、HCO3-は以下のようにさらに電離します。
HCO3- ⇆ H+ + CO32-
Kh = 4.7 × 10-11
いずれの電離も平衡定数が極めて小さいことから、ほぼ無視して良いと考えられます。
よって、まとめると炭酸水は「水 H2Oに炭酸ガス (=二酸化炭素) CO2が溶け込んでいる溶液」という表現で、反応性が低いので化学式としては「H2O + CO2」で良いと個人的には考えています。このことから、炭酸飲料を開封し、圧力を下げたときに出てくる気体は当然「CO2」であると言えます。日常では「炭酸が抜ける」などという発言をよく聞きますが、正確には「炭酸ガス(CO2)が抜ける」ですね。
※4:固体状態の氷に二酸化炭素が溶存できない理由
前述の通り、水H2Oに二酸化炭素 CO2が溶け込んでも化学反応は生じにくいです。よって、H2O分子がCO2分子を取り囲むような状態になると考えられます。液体状態の水では、CO2分子を閉じ込めておけるのですが、固体状態の氷では規則正しい配列の結晶構造をしているので、CO2分子を取り囲むことができないと考えられます。よって、固体状態の氷には、炭酸ガスは溶けることができないと言えます。
炭酸飲料を冷凍庫で凍らせてはいけない理由を科学的(化学的)に解説してみました。
ご参考になれば幸いです。
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